三谷龍二

読みもの

くろいうつわ

 朝起きると、簡単な朝食をとり、漆工房に行く。黒い器に、漆を塗るためだ。乾燥むろの引き戸を開けると、中には楕円形や、板状のもの、あるいは四角や丸形など、いろんなかたちをした黒い器が入っている。僕は手袋をはめ、手板にのった器を作業台に運ぶ。漆の入った入れ物の蓋紙を開けると、空気に触れて黒くなった蓋の向こうに、とろっとした生漆が光っている。木べらを使って、漆を攪拌する。こげ茶とキャラメル色の漆とが混ざり合い、墨流しのような模様を作ってゆく。底の方に沈殿していた漆の成分が、漆全体に混ざり合ってゆくのと同じように、それまで沈殿していた僕の意識も、少しずつシゴトの時間に混ざり合い、体が活動を始めてくるのがわかる。

 十九年前、木の器を作りはじめた頃は、僕は植物オイルだけで仕上げをしていた。よく使う桜や胡桃、楢といった木は、オイルを塗布すると、どれも白っぽい同じような色合いだったものが、急に木目を浮き上がらせて、鮮やかにその木の表情を表してくる。その自然素材特有の、奥行きのある美しい色艶を見るのが僕は好きだ。その魅力は今も変わらず大好きなのだけれど、食の器として使っているうちに、実は僕は和食を食べることがとても多いことに気づいた。特に山国の松本では、高地で育つ野菜が一番おいしい素材だった。オイル仕上げの器は、パンやパスタ、サラダなどはとてもおいしく見せてくれるのだが、白和えや大根のような白い色、それに青物などは、やはり黒い漆器に盛るととてもおいしそうだと思った。好きな和食に合った器も作りたい。そんなところから、僕は黒い器を作りはじめるようになった。

 考えてみれば、僕がものを作るきっかけは、こんな風に自分の暮らしの中から出発していることが多い。「作者の内面から沸々とわき上がってくる創作意欲」というものが、どうも自分の実感からは遠い感じがして、実は僕にはよくわからない。要はあまり大きなことが考えられるタイプではないということなのだろうが、おいしい野菜を調理し、その料理が似合う器を作る、そんな普段の暮らしのなかから、身近で、自分がよくわかることをかたちにしていきたいと思う。絵でも、うつわでも。

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